Column

二十四節気と七十二候

立春 –春巡り、新たな一年へ–

二十四節気

立春りっしゅん:新暦2月4日頃

春の気立つを以って也(暦便覧)

 古代の人々は感覚的に、生き物たちが盛んに動き始める春を一年のはじまりとしていました。寒くて厳しい冬が終わり、うーんと背伸びをしたくなるような晴れ晴れした気持ちは、いまでもよくわかりますね。八十八夜や二百十日なども、一年のスタート立春を第一日目としてカウントしたものです。旧暦では元日は立春の時期に前後し、元日を迎えず立春となるのを年内立春、年明け後の立春を新年立春といいました。立春と元日が重なるのが朔旦立春で、おめでたづくしのたいへん縁起の良いこととされます。左右対称で厄除けになるという「立春大吉」の文字を門口に貼り出す習慣も。

七十二候

款冬華はるかぜこおりをとく:2月4日頃

 温かみを含んだ風が、氷をとかしはじめる時期。二十四節気は立春がスタートとなりますから、七十二候も東風解凍が第一になります。中国の五行説では、春は東の方角に対応する季節。春風を東風といったのはそんな意味もあるようです。

黄鶯睍睆うぐいすなく:2月9日頃

 ウグイスが泣き始める時期。春告鳥とも呼ばれるウグイスの初鳴きは、初音といわれ初物好きの江戸の庶民の耳をよろこばせました。今でもウグイスの声を聞くと、いよいよ本格的な春の訪れを感じるもの。中国の七十二候では冬ごもりしていた虫が動きだす時期とされていました。

魚氷上うおこおりをのぼる:2月14日頃

 厚く張った氷が割れ、あるいは薄らいで魚が水面を飛び跳ねるようになります。さすがに氷上に乗ったら凍ってしまいますが、南極海では氷点下でも凍らない特別な進化を遂げた魚たちが泳いでいます。人間の世界にも、氷も溶かす熱い恋のイベント、バレンタインデーがやってきますね。

季節のことば

東風こち

 春を迎え西高東低の冬型の気圧配置が乱れると、北風がなりを潜め逆に太平洋から大陸側へと風が吹き始めます。こうして日本列島に東側から吹きつける風が「東風(こち)」。不思議な読み方ですが、「ち」は風をあらわす古い言葉だともいわれます。
 東風といえば有名なのが菅原道真公の「東風吹かば匂いおこせよ梅の花…」の歌。東風は梅の花をほころばせる風ともされ、梅には「風待草」の異名も生まれました。
 中国地方の「桜まじ(冬の風に変わって吹き始める南寄りの春の季節風)」、関西の「ようず(春に吹く湿った生暖かい風)」「貝寄せ(旧暦二月二十日頃の季節風)」など、この時期独特の風をいう言葉は多く各地に伝えられています。四季の移ろいのはっきりした日本らしい、ずっと残してゆきたい言葉です。

春一番はるいちばん

 立春を過ぎてから初めて吹く強い南風。気象庁の定義では、立春から春分の間に吹く、ある程度広範囲で観測された南寄りの温暖な強い風、とされます。この期間中に吹かなければ春一番とはされないため、年によっては春一番がないことも。気象用語としては「春一番」だけですが、この時期に同様の風が何度か吹いたときには春二番、春三番…などと数えます。春一番で木の芽がほころび、春二番で花が咲く、との言い伝えもあり、季語としては春四番あたりまで用いられるようです。
 もとは北陸や西日本の漁師たちの間で使われていた風の名前で、全国的にメジャーになったのは新聞やテレビが使い始めた戦後のことでした。温かな空気を連れてくる風はいよいよ春を予感させるものでもありますが、急な気温上昇による雪崩や強い風での船の転覆などさまざまな事故の原因ともなるもの。十分注意したいものです。

白魚漁しらうおりょう
室見川の白魚漁

室見川の白魚漁

 早春に産卵のため大川(隅田川)を遡上する白魚を獲る白魚漁は、江戸っ子に親しまれた春の風物詩でした。舟の上でかがり火をたき、白魚の群れが通ると四手網という漁具ですくいあげます。
 歌舞伎の演目「三人吉左巴白浪」の舞台は、節分の大川端。「月も朧に白魚の 篝(かがり)も霞む春の空…」の名台詞は、まさに春霞の夜、白魚漁をする姿をいったものです。それほど多く獲れるものではなかったようですが、白魚は将軍の朝食に献上される特別の魚であったため江戸時代を通して漁が続けられていました。明治の中頃にはほとんど見られなくなり、その後の水質や環境の悪化などもあり現在の隅田川では風情あるこの漁を見ることはできません。
 吸い物や卵とじなどでもおいしい白魚ですが、ほんのり塩味に炊き上げた飯のうえに生の白魚を乗せ、酒をかけ蒸らして食べる「白魚飯」という食べ方も。江戸っ子の粋が感じられるオツな逸品です。

この時期の風習や催し

初午はつうま

 2月の最初の午の日は、お稲荷様の御縁日。京都の伏見稲荷に神様が降り立ったのが2月の初午の日だったということで、以来この日が祝われるようになりました。
 今でも街中の思わぬところでお稲荷さまの赤い鳥居にばったり出くわすことがありますが、稲荷社は大きいものだけでも3万社、小さな祠などを含めると数十万あるいはそれ以上ともいわれる、日本一多く祀られる神社です。当然初午のお祭りも日本中、街じゅうで盛大に行われることになりました。
 初午の日はこっけいな絵を描いた地口行灯をかかげ、のぼりなども高々と立てお神楽やお囃子で大騒ぎ。お稲荷様には赤飯や田楽などのご馳走をお供えしました。この日ばかりは武家屋敷の門も開放され、屋敷内のお稲荷さまへのお参り半分、見物気分半分の町人たちでどの屋敷も賑わいました。
 また、初午祭りはこどものための祭りともいわれ、お参りに訪れたこどもにお菓子やお駄賃を振る舞う風習が各地にありました。和製ハロウィンのようなもので、こどもたちはお菓子欲しさにあっちこっちと駆け回ったようです。

豊川稲荷

豊川稲荷

さっぽろ雪祭り

 昭和25年、地元の高校生がつくったたった6基の雪像からはじまったさっぽろ雪まつりは、今では240万人以上の観光客を集める北海道を代表するイベントに。観光資源の創出と2月の不況対策がこの祭りが考え出された理由といいますから、結果は大成功といったところでしょうか。
 2月初頭の一週間、大通公園を中心に200基以上の雪像が立ち並びます。雪像は小さいものでも5トントラック2台分の雪が必要。自衛隊の全面バックアップによって道内各地から集められる雪の総量は、なんと5トントラックにして6500台分(!)にもなります。
 白一色の昼の会場もよいですが、夜、色とりどりにライトアップされた雪像や氷像が織りなす幻想的な趣きは、足を運んだ人にしか味わえません。
 現地は当然寒いので、雪まつりには携帯カイロをもっていきましょう。ポケットティッシュも用意しておくと何かと便利。路面も凍っていますから、滑らない靴を選ぶのもポイント。もし雪道用の靴がなければ、現地のお店に声をかけると靴に装着するタイプの滑り止めを案内してくれます。

さっぽろ雪祭り

さっぽろ雪祭り

八戸えんぶり

 2月の17日から20日まで、青森県八戸地域はえんぶりの祭囃子で大いに賑わいます。
祭りの間、30人ほどで一組となるえんぶり組が何十と街に繰り出し、田植えや農作業の様子をあらわしたユニークな舞を披露しながら方々を祝福して回ります。華やかな烏帽子をかぶり、大きく頭を振って舞うのは烏帽子太夫と呼ばれ、祭りを盛り上げる花形。
 名前の「えんぶり」というのは田をならす農具のことで、この祭りが豊作祈願の行事だったことの名残だと考えられています。酒に酔って暴れる侍を落ち着かせようと、村人がとっさに農具を持って舞い踊ったのが殿さまにたいへん喜ばれ、新年の吉例行事になったのだといういわれも残っています。
 例年25万人以上の見物客が訪れるという八戸えんぶりは、青森に春を呼び込む伝統行事として、男鹿半島のなまはげ、横手のかまくらなどとともに「みちのく五大雪まつり」のひとつにも数えられています

八戸えんぶり 画像提供:八戸市まちづくり文化スポーツ観光部

八戸えんぶり 画像提供:八戸市まちづくり文化スポーツ観光部

みちのく五大雪まつりホームページ http://www.michinokugodai.com/

季節の食・野菜・魚

明日葉あしたば

 太平洋沿岸や伊豆諸島などの温かい海岸に自生する野草ですが、最近では八丈島や大島の特産品としても有名になっています。
 育つと草丈1メートルにもなりますが、葉は柔らかく苦味と独特の風味が好まれ、おひたしやてんぷらなどにして食べられます。ビタミン類とミネラルが豊富で滋養強壮によく、最近の研究では抗酸化作用や花粉症への効果も確認されました。若葉を乾燥させた明日葉茶は心臓病、高血圧に効果あり。近年栽培されるようになったのは、こうした効能があらためて注目されてきたからでもあります。
 今日摘み取っても明日には葉が生える、というほど生命力が強い作物で、花の咲く前、2月から5月頃がいちばん美味しい時期になります。

明日葉

にしん

 「春告魚」ともいうように、3〜5月頃、産卵のために沖合いから海岸を目指し大挙する、春の訪れを象徴する魚。明治時代には北海道のあちこちにニシン長者が誕生するほどの漁獲量を誇った庶民の食卓の味方でもありましたが、乱獲によってその後の漁獲量は激減し、現在では国産ニシンはほとんどみられないほどの状態にあります。「鰊群来(にしんくき)」はかつて見られた、春先に大量のニシンが押し寄せる現象を表す言葉でした。
 子宝祈願の縁起物としてよころばれるカズノコはニシンの卵ですが、これはニシンの成魚をアイヌ語で「カド」といったことに由来し、今も「鰊」をカドとも読みます。
 カズノコはおせちの必需品として新年の季語、夏鰊、身欠き鰊となると夏の季語に。かつてニシンが、一年を通して人々の生活に密着していたことがよくわかります。ニシンが訪れる春先の空の様子は鰊空、鰊曇りなどもともいわれました。

ニシン

いちご

 5〜6月に旬を迎えるイチゴは夏の季語になっていますが、ハウス栽培のものはちょうど2月頃が旬になり、八百屋やスーパーの店頭にもさかんに並ぶようになります。栽培技術の進歩に、季語が追いつかないところもありますね。
 イチゴ生産がさかんな房総半島では、早くもイチゴ狩りのシーズンを迎えます。自分で収穫したイチゴをその場でいただく…ぜいたくな食べ方ですが、気合いを入れてもなぜか思ったほど食べられないのも不思議なところ。甘み際立つ「あまおう」、ロングセラーの「とよのか」などが定番の人気者ですが、甘くて大粒の新品種が続々と生み出されています。
 ビタミンCが豊富で体にもいいイチゴ、じつは果物ではなく野菜なのだとか。一般に一年生の作物は野菜、木になり毎年とれるのが果物と分類されるからだそうで、メロンやスイカも野菜ということになるのですね。

いちご狩り

関連項目

参考文献