Column

二十四節気と七十二候

芒種 -雨が来るその前に-

二十四節気

芒種ぼうしゅ:新暦6月6日頃

芒(のぎ)ある穀類、稼種する時なり(暦便覧)

6月6日頃が「芒種」。「芒」とは、イネ科の植物の先端にある針のようなヒゲのような部分のこと。この時期、麦は刈取り、稲は田植えと、それぞれ最終期を迎えます。曇ったり晴れたり時に激しく降ったりと、天候が変わりやすく予測のしにくい季節です。空と相談しながらの農作業は繁忙を極めるため、歴史ある大きな祭りごとは少なく、婚礼も避けられてきました。現在は日本でも「ジューンブライド」として大人気の結婚シーズンとなりましたが、残念ながら発祥の地とは気候風土が異なるため、ガーデンウェディングには最も不向きな季節であることには変わりがありません。

七十二候

蟷螂生かまきりしょうず:6月6日頃

カマキリ俊敏に動き回り生きたものしか捕食しないカマキリ。キリリとした三角形の顔も、首をぐるりとめぐらせ睨みをきかせる立ち姿も、虫というよりは小さな人のよう。その手には、農事に欠かせないカマ(鎌)が付いています。小さなカマキリたちは、大人のカマキリと全く同じ姿で生まれたその瞬間から、カマを振り上げ前へ前へと進みます。古来の人はカマを握りしめる多忙な季節の訪れを実感したことでしょう。

腐草為蛍くされたるくさほたるとなる:6月11日頃

蛍この蛍は日本の多くの地でみられる「源氏蛍」だと思われます。梅雨入りとも重なるこの季節は普段は乾燥しているところも草が腐るほどに潤います。湿潤を好む蛍の性質と、源氏蛍の孵化の時期とがちょうど合致するのです。忙しい農作業に区切りをつける日暮れ時、遅くまで働いた夜の帰り道…チカチカと儚げに瞬く蛍の灯りの美しさが心にとまる季節だったのですね。

梅子黄うめのみきなり:6月16日頃

梅古来から調味料・保存食・防腐剤としてお馴染みの梅の実。クエン酸をはじめ、有機酸などを多数含み栄養も豊富です。黄味が差すこの頃までに作る梅干しは大変に美味しく長持ちします。ご飯のおかわりが贅沢の極みだった時代、おかずのおかわりなどありえないことでした。「いい塩梅」に漬かった梅干し1つでどれだけご飯を食べられるかがご飯のおかわりの鍵…昭和50年代まで普通に見られた光景でした。家族だけでの食事なら、江戸っ子は種の中の「天神様」までおかずにしていました。

季節のことば

早苗田さなえだ

田植えが終わったばかりの田んぼのことを「早苗田」と言います。大仕事を終えたあとの美しい光景の特別な名前です。水鏡のように空と景色を映し込む水田に若くしなやかな早苗が整然と並ぶだけで、湖とも川とも、その他の季節の田んぼとも異なる、美しく静かでありながら生命力にあふれた鏡面の世界が生まれます。早苗田も、日本人らしい名前として長く愛されてきた早苗も、ずっと日本に残っていくことでしょう。

早苗田

入梅

例年では6月11日頃が全国的な梅雨入り「にゅうばい」です。梅の実が連れてくる雨の季節が始まります。「梅雨」という言葉は中国生まれ。元々は「カビの生える雨が降り続く時期」と言う意味で「黴雨 ばいう」と書きましたが、古代に中国から気象用語としてやってきた時には既に「梅雨 ばいう」であり、江戸時代に「つゆ」とも読まれるようになりました。同じ音でも梅という文字を当てるだけで楽しくなり、恵みの意味合いが強まりますね。

入梅

この時期の風習や催し

田植え

たくさんのお米の品種がある現在、3月に早苗田が見られる地域もあり、多くの人気品種がゴールデンウィーク前後には田植えを終えています。機械化によって作業が簡便化されるまでの長い間、田植えは梅雨の時期に集中的に行なう大変な重労働でした。家族や近隣の住人総出で、広い水田や曲がりくねった棚田へと植えていきました。寺社・皇室・城主・領主・庄屋の領田では、五穀豊穣を願う御田植祭(おたうえまつり)を古来より大々的に催していましたが、参加させられる領民にとっては有難迷惑だったのかもしれませんね。

田植え

種蒔き

健康・食の安全性・消費税アップなど、気になるキーワード満載の昨今、家庭菜園やベランダ栽培が大人気ですね。美味しい夏野菜の最終植え付け時期となりますが、シシトウ・ニガウリ・ルッコラ・セロリ・モロヘイヤなどは虫に強く手間がかからないので初心者にもお勧めです。種を蒔くときは、その日は晴れても翌日に土砂降りになる場合は避けましょう。買った野菜が余ったら、水栽培はいかがでしょう。ネギや三つ葉など、ひと晩で3cm以上も伸びることも。水腐れしやすいので1日3回ほど水を替えてください。

種まき

嘉祥の日かじょうのひ

本来は旧暦6月16日のこと。その元は仁明天皇の嘉祥の改元(848年)など諸説ありはっきりしていませんが、厄除けと招福のために菓子や餅を配ったり食べたりと様々な風習が各地に残っています。徳川幕府もこの日「御目見」に訪れた諸士に菓子を配っており、配る方も配られる方も大変楽しみにしていたようです。これらの故事や歴史を踏まえ、グレゴリオ暦の6月16日も「和菓子の日」として残っています。

和菓子

季節の食・野菜・魚

あんず

簡単かつ甘みが増すのでドライフルーツとして食べるのが一般的ですが、ジャムやお酒にするのもお勧めです。青梅が店頭に並ぶ頃、同じく青い杏も漬け頃になります。春先に暑い日が続いた年の杏は、実は小さくなってしまうのと反比例して糖度が高くなります。下ごしらえに蒸すと綺麗な杏色に変わり、お酒にする場合はその日にも飲めてしまうほど芳醇な香りを堪能しましょう。軸に指を立てるとさっと二つに割れ、種を取り出す作業も簡単。爪の弱い方はゴム手袋をしてください。梅と比べると酸が弱いので、容器や用具の煮沸消毒を丁寧にし、ジャムは甘めに仕上げましょう。

杏

枇杷びわ

種を蒔くと簡単に発芽し、その木だけで実を作ることができる「自家結実性」であるため古来中国から渡来して以来、日本各地で自生種が見られます。咳・嘔吐・喉の渇きなどを癒す効能のため、長く「薬」として重宝されてきました。美味しい果実としての品種が拡大したのは江戸時代。すっと手で簡単に剥ける皮とみずみずしく甘い実が愛されました。

ビワ

桜坊さくらんぼ

桜の花が大好きな日本人はサクランボも大好き。艶やかな輝きを放つ美しさはまさに「赤い宝石」。受粉には人の手が必要で、雨に弱いのに露地ものは6月 に収穫期を迎えるという大変に手間のかかる宝物です。そして、保存がきかない果物の代表選手でもあります。産地として名高い山形には、さまざまな種類の酢 漬け・粕漬け・糠漬けなど、様々な種類のサクランボの漬物があります。漬けてもなお優しい香りを放ち、日本酒のお伴にも最高です。

サクランボ

あゆ

6月頭に解禁になるところが多いため、初夏を彩る魚として親しまれています。楽しく釣って、塩焼きで美味しく召し上がれ。鮎は短い1年の生涯のうちの殆どを海で過ごします。日本の川のありようと四方を海に囲まれた国土に合った生態のため各地で見られ、短い一生のうちに姿をくるくると変え、呼び名をそれぞれにつけるほど「出世する」魚であることも古来より愛されてきた所以でしょう。有名な「琵琶湖の鮎」は海の代わりに湖を利用している「種」で、長い年月のうちに海では生きていけなくなった種です。

鮎

関連項目

参考文献