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二十四節気と七十二候

白露 –露と月が導く、収穫の時–

二十四節気

白露はくろ::新暦9月8日頃

陰気やうやく重りて、
露にごりて白色となればなり
(暦便覧)

大気が冷えてきて、朝露が目立ち始めます。暑さは過ぎ去り、清々しい陽気が続きます。縄文時代には里芋を掘り、稗(ひえ)や粟(あわ)を経て米を刈るようになった「味覚の秋」の到来です。美味と並んで目立つのは、月に関する季語。秋に月の季語が突出して多いのは、澄み渡った秋の空に浮かぶ月が美しいことだけが理由ではありません。収穫の時を迎える大地を襲う豪雨・雷・竜巻などを知るために、誰もが気をつけて夜の空を見ていました。台風が近づけば大人も子どもも夜を徹して収穫にあたり、足腰の弱ったお年寄りや小さな子も提灯などを持って、鎌を持つ手元を照らしました。

七十二候

草露白くさのつゆしろし:9月8日頃

白露草に降りた露が白く光る頃。日の出が日一日と遅くなり、関東では5時20分前後となります。白々と夜が明け始めたら、家の周りをひと回りしてみませんか。露が一面に降りて時雨が降ったようになる様は露時雨(つゆしぐれ)、涙に濡れたように露濡れた様は露けし(つゆけし、形容詞)。秋を代表する美しい季語を体感しましょう。蜘蛛の巣に朝陽が灯る、綺麗な水灯りも見つかります。

鶺鴒鳴せきれいなく:9月13日頃

悠々と歩くハクセキレイ鶺鴒が鳴き始める頃。尾羽を打ち鳴らし、チチン、チチンと、高く優しい声で囀ります、水辺を好み、人を恐れず先導するように飛ぶので「道教え鳥」など多数の別名を持っています。単に「教え鳥」と言う時、教えてくれるのは夜伽です。日本書紀には、伊弉諾神(イザナギノミコト、男神)と伊弉諾神(イザナミノミコト、女神)に、夜伽の仕方を歌い踊って教えたと記されています。

玄鳥去つばくろさる:9月18日頃

燕(つばめ)が南へと渡りはじめる頃。燕は里にいるので目立ちますが、他の夏鳥も渡りを始め、代わって冬鳥が飛来します。一寸(ちょっと)は「鳥渡」とも書きます。主字ではありませんが、立派な正字です。あれほどたくさんいた鳥が誘い合うように飛び立ち、瞬く間にいなくなってしまう不思議で美しい光景が、その字の元となりました。

季節のことば

月露げつろ

月鏡月の光が映った露のこと。街灯りが映った露も綺麗です。古来、雅な人々の月見は水鏡(みずかがみ、すいきょう)でするものでした。月の別名にも水鏡があり、月を直接見上げる庶民の月見を野暮とする向きがありますが、さてはて。貴人の月見は、月の妖力を恐れて直視を避け、逆に水鏡で妖力を高めて肖ろうとしたのが始まりです。ひとえに美しさを愛で、明日のために空を読んだ庶民の月見…これぞ粋ではありませんか。

夜長よなが

長月の名の元の1つとされています。日本の秋の夜は、長く嬉しく感じるものの代表です。地球の軌道が楕円であることや地軸が傾いていることなど天文学的理由もありますが、夏の蒸し暑さの方が大きな理由でしょう。通年見ることができる星座にも、秋だけの特別な名が付いています。北斗七星は「秋北斗」、カシオペア座は「碇星(いかりぼし)」。明るい星の少ない南の空で寂しげに白く揺れる魚座の一等星は「秋の一つ星」と言います。

既望きぼう

十六夜(いざよい)のこと。希望と同じ発音です。それもあってか、次の満月を待ち望む最初の日である十六夜は「やろうと思っていたことを実行するのに最適な日」「物事が上手くいく縁起のよい日」とされています。映画黄金期の時代劇には「ちょうど月も十六夜だ」の科白とともに決心をしたり、仇討や旅立ちに向かうシーンがいくつもあります。何かきっかけが必要な時、十六夜の月を待ってみるのも素敵ですね。

玉兎ぎょくと・たまうさぎ

月の兎のこと。月に兎がいるのは仏教の通り道の国だけです。インドのジャータカ神話を元とし、今昔物語などによって日本にも広く伝わりました。古事記の「因幡の白兎」はジャータカ神話が元という説も。満月の別名「望月(もちづき)」から転じて餅つき兎になったとも言われ、日本の玉兎はお餅をついていますが、中国の玉兎は薬を作っています。新潟県の弥彦神社に、同じ名前の有名な和菓子があります。

この時期の風習や催し

月見つきみ

月見主に秋の十五夜(満月)を愛でること。江戸時代の書物には「10年のうち9度は見られない」とあります。雨降りの時は雨月(うげつ)・雨名月(あめめいげつ)、雲がかかれば無月(むげつ)と呼んで、ほのかな明るさを楽しみます。十五夜以降、月が昇る時間は毎日約50分ずつ遅くなります。ためらうことを古い言葉で「いざよう(猶予う)」と言いますが、十六夜と書いて「いざよい」と読むのはこのためです。立待月・居待月・寝待月・臥待月・更待月…昇る時を待つ心をあらわした日ごとに変わる風流な名とともに、満月以降も月を楽しみましょう。

重陽の節句ちょうようのせっく

菊五節句の1つで9月9日のこと。邪気を払い、長寿を願う節句です。旧暦では菊の花の咲く頃で、菊の節句の別名があります。陰陽思想に基づき、陽の一桁の最大値9の重なりを不吉としたことがその始まりですが、陽の者、すなわち、力ある者や人を導く者が驕り高ぶるのを戒めることがその根底にありました。一番すたれてしまった節句ですが、前夜、菊の花に綿を置き、降りた露で身と心を清めたという習慣は素敵ですね。

敬老の日

日本だけの素敵なお祝いごとは、戦後間もない昭和22年、兵庫県多可郡の野間谷村(現在の多可町)で生まれました。当時36歳の若き村長、門脇政夫氏が、助役の山本明氏とともに「お年寄りを大切にし知恵を借りて村作りをしよう」と提唱し、農閑期の9月15日を「としよりの日」として敬老会を催したのが始まりです。昭和25年には兵庫県全土に広まり、全国へ。昭和41年、正式に国民の祝日となりました。

萩祭

秋の七草の1つ萩の花を愛でつつ、月見をしたり野点を楽しんだりします。夜の野点が楽しめる水戸の偕楽園のものが有名です。秋の七草の花の名を冠した文化祭や村祭りなどは多いのですが、歴史あるお祭りというと萩のみとなっています。これは、萩の叢が秋の鳴く虫の住処であることや、夜でも美しいことが大きいのではないかと言われています。
リンク;白露の時期の草花と生き物 「秋の七草」

季節の食・野菜・魚

きのこ

薫り高い天然ものが旬を迎えます。初めての茸狩りはガイド付きのものがお勧めです。よく似た毒茸との見分け方を教えてもらえます。ブナシメジ、ホンシメジ、舞茸、椎茸をはじめ、木耳(きくらげ)、滑子(なめこ)、ホウキダケ、シシタケ、ムキタケ、タモギタケ、ナラタケ、オウギタケ…運がよければ松茸も手に入ります。人気のエリンギは1990年代に栽培が始まったものなので、自生していません。

松茸

葡萄ぶどう

月見のお供えには「縁起がよい」「月に繋がる」と重用された蔓ものもお勧めです。中で最も愛されたのは、甘い実の生る山葡萄。古名は葡萄葛で「えびかずら」と読みます。実から取れる汁の薄紫色は「えび色」と言い、源氏物語にも登場します。栽培種のようには採れないので、果実も原始的なワインも薬として扱われていました。有名な甲州葡萄は山葡萄を品種改良したものではないかと言われており、平安時代に栽培が始まっています。

葡萄

陰暦8月15日の月見は芋名月、続く陰暦9月13日は栗名月。どちらも日が固定されているので満月とは限りません。月と里芋と栗は、縄文時代から日本人と共にあります。栽培種の原種である山栗や芝栗は日本固有種で、長く主食の座にありました。里芋と同じく縄文時代には既に栽培が始まっています。栗名月は現在の10月ですが、栗の収穫は9月から。栗を月に見立てた月見菓子のために、ひと手間かけて美しい黄色に変身します。

栗

しいら

日本語だったのかと驚いた方も多いことでしょう。中国地方では万作(まんさく)と呼ばれています。鱪がよく釣れる時期は秋。豊作でありますようにとの願いをこめて、空の稲穂を指す粃(しいな)に似た音を嫌って言い換えたのだそうです。イナダ狙いで丘っぱりに行くと必ず釣れては仕掛けを壊す外道代表としてもお馴染みですね。アルミホイルで包んで、バターと醤油で蒸し焼きにするのもお勧めです。

シイラ

飛魚とびうお

刺身の旬が終わります。クール輸送が始まるまで九州や日本海側に行かないと食べられず、関東では珍味の代表でした。出汁としてのアゴは関東の水ではその旨味が引きだせないとされ「出汁がとれる境目は三河に尾張(今の愛知県で終わり)、それより北は鰹か煮干し」と言います。有名な滑空はツッピンと言うレベルではありません。どの種でも簡単に100mは飛び、大型のものは一度の跳躍で500m以上も滑空します。

ハマトビウオ

関連項目

参考文献