二十四節気
夏至
陽熱至極し、また日の長きの至るなりを以てなり
雨の降り方や雷の鳴り方、明日の天気を見定める雲…梅雨の情景を細かく切り取ったたくさんの美しい言葉は、昔の人が夏至の気候を慈しみ、夏本番を心待ちにしていた様子を伝えてくれます。一年の中で最も昼が長い夏至の日には、日永(ひなが)という別名があります。夏の始まりを祝う夏至祭が盛大に行なわれる北半球の国々の中でも、長く厳しい冬と白夜が続く北欧諸国では1ヵ月以上前から天候予測と対策が真剣になされるほど待ち望まれている日です。対して日本は、空梅雨でもない限りほぼ雨模様。天照大神関連を除くと全国共通のお祝いも習慣もありませんでした。明治時代に翻訳本の広まりとともに「西洋の特別な日」として認知され、近年はキャンドルナイトの日としても話題になりました。
七十二候
乃東枯
夏枯草が枯れる頃。今に残る七十二候の中でもわかりにくいものの1つですね。乃東(ないとう)は靫草(うつぼぐさ)のこと。日当たりの良い田の畦や土手に咲く紫色の美しい花で、園芸種としても人気があります。夏枯草(カゴソウ)は本来花穂の部分のことで、腫物・浮腫・腎臓炎・膀胱炎などに効く生薬になります。夏に弱りがちな部位と病に効くので、積極的に採取する必要がありました。
菖蒲華
「アヤメの花の咲く頃」か「ショウブの花の咲く頃」と暦便覧にありますが、菖蒲と書いてアヤメと読む花もショウブと読む花も、咲くのは5月。どちらに読む場合でもハナショウブを指します。アヤメとハナショウブはよく似ていると言われますが、すっきりとした美しさを感じる方がハナショウブ。花びらの色の有り様も全く異なるので、片方を覚えると簡単に見分けられるようになります。
半夏生
烏柄杓(からすびしゃく)が生える頃。雨の降り方が毎日のように変わり、昼夜問わずの突然の豪雨や雷が続きます。外出時は川の氾濫・落石・落雷に注意しましょう。田植えなどの時間のかかる屋外労働はこの日よりも前に済ませ、外出は控えるものとされてきました。烏柄杓はサトイモ科で、美味しいムカゴと半夏(はんげ)という生薬が採れます。半夏生(はんげしょう)という植物もあり、こちらはドクダミ科。お化粧を途中でやめたように葉に白がまじります。「半化粧」と書くのも間違いではありません。
季節のことば
半夏雨
半夏生の日に降る雨のこと。7月2日頃に強く降るのは、しばらく大雨となる予兆とされています。梅雨も中ほどを越え、緩んだ地盤に大雨が降り続くと地滑りや落石など自然災害の危険が高まります。古くから「外仕事は半夏の前に必ず終えて家にいること」とされ、半夏の間一切の外出を禁止してきた地域もあります。熊野の山間部や志摩沿岸部には「ハンゲという妖怪が出る」という伝説が残り、半夏を軽んじないよう戒めています。半夏がすぐそこまで来ていることを知らせてくれる7月1日にしとしとと降る雨は「虎が雨」と言います。
梅雨晴
梅雨の合間にからりと晴れ上がること。旧暦では5月なので、五月晴(さつきばれ)とも言います。外出したくなってしまいますが、梅雨も終わり頃なら晴れていても激しい梅雨雷(つゆかみなり)となることが増えるので、外には出ず掃除をするのも一手。窓を開け放って風の道を作りましょう。昔の家には地窓(じまど)と言われる下の方につける小さな窓がたくさんありましたね。ご不浄や風呂場には必ず地窓と天窓があり、狭い空間でも自然に空気が入れ替わる工夫がされていました。
青時雨
冬の季語「時雨」に青を足すと、夏の季語になります。雨の季節に色を増す青葉からしたたる雫を時雨に見立てた涼やかで美しい言葉です。葉からぽたりぽたりと雫が落ちる程度のやわらかな雨や霧雨…青時雨の時は雷となることは少なく、蒸し暑さもありません。家の中から雨音を楽しむもよし、さらに情緒を 楽しむ散策に出かけるもよし。ちょっとした庭仕事にもむしろ気持ちのいい雨です。
この時期の風習や催し
夏越大祓
無意識のうちに犯した罪や穢れを除き去る除災の大祓。黴や雑菌が繁殖しやすいこの時期を健康に乗り切ることとこれからの無病息災を祈ります。夏越の祓(なごしのはらえ)・夏越神事(なごししんじ)とも呼ばれ、「夏越」は「名越」とも標記します。茅の輪をくぐることから宮くぐり祭や輪くぐり祭、6月30日に行われることから六月祓(みなづきのはらえ)の名もあります。古くからあったこの大祓が、大宝律令によって正式な宮中行事となったのは701年のこと。応仁の乱以降しばらく途絶えていましたが、元禄時代に復活しました。明治4年に法律によってこの行事の名称を大祓に統一することが定められましたが、戦後一部は元の名称に戻り、現在に至ります。
祇園祭り
9世紀から続く日本の夏の風物詩。7月1日から1ヵ 月の長きにわたって行われる京都府八坂神社の祭礼です。日本三大祭・日本三大山車祭・日本三大曳山祭など、古来から「三大祭」と言われるものの全てに必ずその名を連ねており、人気の高さは群を抜いています。時期を逸して悲しい思いをすることを「後の祭りでどんひゃらら」と言いますが、この祭りは祇園祭りのこと。昭和41年までは前祭(さきまつり、7月17日)と後祭(あとまつり、7月24日)の二度、山鉾巡業がありました。後祭は小規模で、7月25日以降の寂しさといったら…口でどんひゃららと太鼓や笛を奏でても、寂しさは増すばかりですね。
暑中見舞い
半夏以外の梅雨の期間、雨のために家に籠ることを梅雨籠(つゆごもり)と言います。昔の人は手仕事や休息に、昭和後期までの近代は暑中見舞いの準備にもあてていました。梅雨があけたら出してもよい暑中見舞いは、早めに出すのが粋で吉。冷凍冷蔵庫が手軽に買い換えられるようになったのは昭和40年代も後半のこと、エアコンの普及はさらにあとのことです。暑い夏を健やかに過ごせるよう「お体大切に」の心をこめて、手書きで1枚ずつ準備をしました。涼やかな水彩画を描いたり、達筆や博識ぶりを披露したり…バレンタインの普及以前の長い間、想いをそっと告げられる大イベントでもありました。他人にも見られる前提で美しくまとめつつ、心に響く一矢を忍ばせて。
季節の食・野菜・魚
胡瓜
川を守る竜神様とそのお使いの河童へのお供えはなぜ胡瓜なのでしょうか。露地物が最初の旬を迎える6月末は、半夏雨で川が増水する時節と重なります。人の手によって水路が張り巡らされた江戸の町では、現在の棒付きアイスのように胡瓜をかじって涼をとりました。豊富に含まれるカリウムによって発汗し体温を下げ、利尿が促進されれば時には川で用もたしました。「尻子玉を抜かれる」と言う河童の妖怪伝説は「食べすぎるとお腹を壊す」「増水した川は危ない」という戒めでもあったのです。
茗荷
シャキシャキとした食感と爽やかな香味がたまらないミョウガ。食べ過ぎても馬鹿になることはありませんのでご安心を。食べる部分は花です。生のまま冷蔵庫に入れるとすぐに融けてしまうので、使いきれなかった時は刻んで醤油をからめておきます。冷蔵保存ができ、1週間程度シャキ感も残り、いつでも使えて便利です。大量に貰った時は、刻んで多めの醤油と少々の日本酒にカツオなどの好みのだしを加えて漬けこみます。ミョウガの香りがうつった漬け汁も大活躍してくれます。冷奴に、そうめんのつけ汁におすすめです。炒めものの仕上げに火を止めてからひと回しすると、さっぱりとした涼味が楽しめます。
鱧
祇園祭りの別名は「鱧祭り」。上品な甘みがほのかに感じられる白身が京都の夏を彩ります。産卵を控えた7月いっぱいは鱧の美味しい季節です。湯引き梅肉和え・白焼き・天ぷら・しゃぶしゃぶ…ハモハモとしか言いようのない独特の食感は、一人前にさばけるようになるには8年かかると言われる「骨切り」の賜物です。皮一枚を残して骨ごと身を切り、一寸(約3cm)につき26筋の刃を入れます。「京都の鱧は山で獲れる」の逸話が残るほど生命力の強い魚で、昔は生きたまま京都に届く海魚が長く硬い小骨の多い鱧だけだったそうです。
- 新版 美麗写真でつづる 日本の七十二候 晋遊舎
- 二十四節気と七十二候の季節手帖 山下 景子著 成美堂出版