Column

二十四節気と七十二候

小暑 -真夏が駈け足でやってくる-

二十四節気

小暑しょうしょ:新暦7月7日頃

大暑来れる前なればなり(暦便覧)

短冊に願いをしたためる七夕の頃から小暑が始まります。新暦の日本では、梅雨のない北海道ですら2年に一度は雨となる頃ですが、織姫と彦星の逢瀬を晴天のもとで祝福したい方は、旧暦の七夕の空を楽しみになさってください。梅雨の谷間の陽射しは日に日に強まり、夏野菜がすくすくと育っていきます。本州では最高気温が30度を超える日が多くなり、蒸し暑さが気になってきます。雨に濡れるのも楽しく心地よく感じますが、梅雨の後期の空は安定しません。「雷鳴れば梅雨明ける」の言葉の通り、激しい集中豪雨や出水、落雷などの予報には十分注意して、スポーツやお出かけの計画修正を。抜けるような青空と入道雲の真夏は、もうすぐそこまで来ています。

七十二候

温風至あつかぜ いたる:7月7日頃

熱い風が吹いて来る頃。「温風」は梅雨明けの頃に吹く南風のことです。熱風と書かないところに、風情とともに梅雨時の湿った空気が感じられますね。いわゆる梅雨寒(つゆざむ)もおさまり、雨に濡れても肌寒く感じることがなくなります。「天の川を結ぶカササギ橋は雨天でも結ばれ、織姫と彦星は逢うことができる」という説を信じて七夕を楽しみ、雨が続くうちに暑中見舞いの準備をしておきましょう。

蓮始開はす はじめて はなさく:7月12日頃

蓮始開蓮の花が開き始める頃。天候も夏らしさを増し安定してくる中、天上の花が「お盆だよ」と告げてくれます。7月15日・旧盆・月遅れの8月など、お盆とする時期は地域によって異なります。お盆はサンスクリット語に漢字をあてた仏教用語の盂蘭盆(うらぼん)が元となった言葉です。蓮もインドが原産で、大陸経由で太古に渡来したのか元々日本にあったのかはまだ判明していません。夏に先祖供養を行う習慣は奈良時代には全国的なものとなっていたようです。供物を備える器に蓮の葉を使う地域も数多くありますね。

鷹乃学習たか すなわち がくしゅうす:7月17日頃

タカ鷹の幼鳥が著しく成長する頃。きりりと澄んだ眼差し、大きな翼、力強い嘴や爪…気品あふれる勇壮な鷹の姿は、いつの時代も人々の心をとらえてやみません。鷹の子が飛び方や餌の獲り方を覚え空の王者として成長していく時、子どもたちは人として大きく成長していく経験と冒険の季節「夏休み」を迎えます。雄鳥が大空に舞い上がるように大きな志を持って盛んに活動することを雄飛(ゆうひ)と言います。大人は親鷹のように厳しく、時に優しく、子どもを導いてやりたいものです。

季節のことば

やかん照り

驚くような晴天、ピカピカに晴れて照り返しがきつく暑い様。小暑になると梅雨の谷間も豪快に晴れ上がります。熱したやかんが熱いことから、また、禿げ頭を指す「やかん頭」から生まれた言葉です。ピカピカに磨きあげた底の丸いやかんを逆さまにし、禿げた頭に見立てたやかん頭のネタが古典落語にはたくさんあります。ジリジリとしたやかん照りの日には、寄席で涼をとり「やかんなめ」と洒落こんでみてはいかがでしょう。

熱中症

小暑とは言っても心も体も準備ができていないこの時期の暑さには注意が必要です。こまめに水分補給をし、くらっときたら手首・肘・脇の下・首のうしろなど、リンパの通り道を冷やしましょう。大人よりも地面に近く照り返しの影響を受けやすい小さなお子さん・乳母車の赤ちゃん・車椅子の方は25度で熱中症の危険水域と言われています。体温調節や体感温度の正確さが衰えるお年寄りの方の厚着や極端な薄着にも十分配慮なさってください。室内犬は無理に外で散歩させる必要はありません。

手押しポンプ

土用

土用と言えば夏の暑さと「丑の日」「鰻」が思い浮かびますが、土用は年に4回約18日間ずつあります。「万物は木・火・金・水・土の5つからなる」という五行説(ごぎょうせつ)に基づき「全ては土の上にある」として立春・立夏・立秋・立冬の四立に木・火・金・水をあてはめ、直前にそれぞれ土旺用事、すなわち土用を定めたものです。地中にいる土神様の土公神(どくじん)が地表に現れて土の力を高める期間とされ、その邪魔となるあらゆる土いじりや地上の生き物の殺生が特別に赦された間日(まび)を除いて禁忌とされました。土公神や土用坊主の名を借りて季節の変わり目の無茶を戒め、体調管理や計画的な事業について考えることをうながしています。

土用丑の日

日付を十二支に置き換えた数え方で「2日目・14日目・26日目」という意味が丑の日。四季それぞれの土用には1~2回登場します。丑の日に「う」で始まるものを食べると体によいとされる民間信仰と結びつき、体調を崩しやすい季節の夏土用が風習として花開きました。万葉集の中で大伴家持は「石麻呂尓吾物申夏痩尓吉跡云物曽武奈伎取喫」と詠んでいます。現代語にすると「石麻呂に言ってやったよ、夏痩せには鰻ってものがいいようだから漁って食えよ、と」といったところで、もう一首「痩せすぎだ…でも生きてりゃいいんだ、鰻を漁りに行って河で流されたりするなよ」という意味の句も残しています。江戸時代に大ブームとなり今に残る夏土用の鰻ですが、鰻の旬は実は冬。飽食の時代を迎えた今は、精をつけるよりも梅干しやうどんをさらりと食べる方が風流かもしれません。

この時期の風習や催し

ほおずき市(四万六千日)

観音様にお参りするなら最もお得なこの日を狙わぬ手はありません。たった1日で四万六千日お参りしたのと同じご利益があるとされ、浅草寺を祖として全国に広まりました。7月9日・10日は雷除けのお札とほおずきを求める60万人超の参拝者で賑わいます。実はほおずき市の立つ縁日を最初に始めたのは芝の愛宕神社。芝は起伏に富む山がちな地形で、狸や狼、夜には追剥も出ました。対する浅草は気軽に楽しめる観光地。ひたすら平地が続き、船を使った行き来もしやすく、美味しい茶屋(現代の喫茶店や休憩所)や小間物屋に土産物屋が立ち並びます。デートや家族サービスにぴったりの浅草でお得にお参りできてしまうのですから、面倒を嫌う江戸っ子に愛されるわけです。

ほおずき市

盆踊り

お盆に帰ってくるご先祖様の霊を慰めるため、念仏を唱えながら踊った「念仏踊り」が元。後に念仏を唱える人に付きしたがい唱えられない人は踊るだけの「踊り念仏」となり、盂蘭盆会と結びついて盆に踊るようになりました。7月15日以降、8月15日の月遅れの盆までの期間に行います。宗教色は次第に薄れ、踊りを楽しむ地域振興の色合いが濃い祭りとなったのは江戸時代も初期のこと。祭り太鼓や笛の音に、老若男女が心を躍らせ身を踊らせました。指先・爪先の払いと振りに止めを付け、首はそれに少し遅れて動かす…和の所作の美しさを詰め込んだ盆踊りには、やはり浴衣が似合いますね。

盆踊り

お中元

盆と同じく7月15日と月遅れの8月15日を目途にお世話になった人に贈り物をするこの習慣は、中国道教の行事が元となって江戸時代に花開きました。上元・中元・下元の三元(さんげん)のうち、赦罪大帝の別名を持つ地官大帝の誕生日とされる中元(7月15日)は、いわゆる罪滅ぼしを神に乞う贖罪の日でした。虚礼廃止の風潮とともにお中元は「親しい人を喜ばせる季節の贈り物」としての色合いが濃くなりましたが、無意識のうちに迷惑をかけあい赦しあう親しい人に贈るのは理に適っているかもしれませんね。

季節の食・野菜・魚

ゴーヤー

すっかり全国区の人気者となり、通年手に入るようになりました。日よけのグリーンカーテンとして栽培している方も多いのではないでしょうか。正式和名が蔓茘枝(ツルレイシ)というのも「茘枝(ライチ)に似ているから蔓茘枝と名付けられた」というのも納得がいかないほど、ゴーヤーや生物学名のニガウリの方が通りがよいですね。よく言われる「ワタは苦い」は嘘。取り除いた方が食感が良くなるだけなので、下処理はあまり気にすることはありません。薄切りにして塩でもみ、苦みを取ります。この際砂糖をちょいと足すと、より簡単に苦みが抜けます。

ゴーヤ

メロン

名産地と言うと北海道や熊本を思い浮かべる方が多いと思いますが、生産量・出荷量ともにダントツ1位は茨城県。全国シェアの25%を占め、4月から楽しめるオトメメロンにイバラキング、冬まで楽しめる高級マスクメロンまで、リーズナブルに幅広い品種の網目メロンを産出しています。昔の東京の子どもは「網目に見えるのはミミズが這ったあとだよ。本当はミミズメロンって言うんだよ」と親に嘘をつかれて買ってもらえなかったものです。昭和後期でもマスクメロンは憧れの食べ物の1つでした。露地物が出回り価格の下がる7月は、憧れの網目メロンを大人買いするチャンスです。

メロン

シンコ

江戸城の前の海で獲れた魚で作るのが江戸前寿司。多くの河川が流れ込む東京内湾は水深が浅く海流も穏やかなため、皮や身の柔らかい魚が育ちました。数あるネタの中でもシンコは別格、江戸前寿司の華中の華。ふっくらとした身は旨みと甘みが立ち、つるりとした皮は舌と喉で味わいます。「シンコ、コハダ、ナカズミ、コノシロ」と出世しますが、皮をむけず足が早く臭みのある内臓には傷がつけられません。酢〆の仕方でも大きく味が変わり、職人の腕の良し悪しを決めるとされるコハダですら身が薄く捌くのは大変です。小さく柔らかいシンコを手早く正確に捌く…これはもはや神の領域。握り一貫に何尾乗っているか、数が多いほど手間がかかり味も値段も上がります。殆ど目にすることのできない神業の8尾に始まり一潮ごとに乗る数が減りますが、4尾の頃が味は特上値段はそこそこでお勧めです。江戸前の漁が絶えて長い時がたちましたが、宵越しの銭をはたきまくって江戸っ子が愛した夏の味をお手頃価格で振る舞う店が今でも錦糸町や小岩などに残っています。

シンコ寿司

関連項目

参考文献