Column

二十四節気と七十二候

啓蟄 -虫たちも起き出し春本番へ-

二十四節気

啓蟄けいちつ:新暦3月6日頃

陽気地中にうごき、
ちぢまる虫、穴をひらき出れば也
(暦便覧)

 「啓」は開く、「蟄」は閉じこもるの意味で、土の中に閉じこもっていた虫たちが巣穴を開いてはい出してくる季節を表します。
 昔は小さな生き物はすべて虫の仲間と考えられていて、蛙、蛇、蜥蜴(とかげ)など、虫偏のつく生き物はみんなまとめて虫くくりでした。外界の温度変化に左右されやすい爬虫類や両生類は、冬場を比較的あたたかな地面や穴の中ですごし、代謝を極端に落として何ヶ月も飲まず食わずで来るべき春をじっと待ちます。
 つらい冬を乗り越えてやっと地上に出た、と思ったら、待ち構えていた鳥や獣に食べられてしまうものもたくさん。彼らも冬はお腹をすかせ、啓蟄の時期をじっと待っていたのです。動き出したいきものたちの足音は、厳しいサバイバルレース開始の合図でもありました。

七十二候

蟄虫啓戸すごもりとをひらく:3月6日頃

 虫やちいさな生き物たちが地上に出てくる時期。種類によっても違いますが、外気温10℃前後が冬ごもりと目覚めの切り替えポイントとなるようです。穏やかな日々のあと、突然寒の戻りがあったりすると虫たちには一大事。昨今の異常気象も心配ですね。

桃始笑ももはじめてわらう:3月11日頃

 桃の花が咲く時期。「花が笑う」というのは、つぼみがほころんで花開く様子が、人が笑ったときに口元がほころぶ様子を連想させたため。もともと「笑」と「咲」は同じく「わらう」を表す漢字でしたが、人がわらうのは「笑」、花がわらう=さくのは「咲」と使い分けるようになったようです。
 花がわらう、素敵な表現ですね。

菜虫化蝶なむしちょうとなる:3月20日頃

花に止まるモンシロチョウ_菜虫蝶成 菜虫は菜っ葉をたべる虫で、モンシロチョウの幼虫のこと。土の中の虫も這い出し、アオムシもかわいらしいチョウになり、大地にも空にもちいさな命があふれる季節。幼虫、さなぎ、成虫と変態する蝶は神秘的な虫とされていたようで、人間の魂が蝶になって口から迷い出るという言い伝えも。夢虫という魅惑的な異称ももちます。

季節のことば

虫出し

 大陸から南下してくる寒冷前線の通過にともない積乱雲が発達し、立春後初めての雷が鳴るのがこの頃。土の中で眠っていた虫たちも久しぶりの雷にびっくりして目を覚まし、三々五々起き出してくる…という想像から「虫だしの雷」といわれました。
 春の雷なので「春雷」、春雷のうちでも初めての雷が「初雷」。「むしだしのかみなり」とも読みますが、ここはあえて音読みで「むしだしのらい」とするとちょっと俳句通っぽいかも。
 気象学的には、前線近くで発生する雷は「界雷(かいらい)」と呼ばれます。対照的に夏によくみられる、急発達した巨大な乱層雲(入道雲)から発せられる雷は「熱雷」または「夏雷」。両方のプロセスを併せ持った「熱界雷」はより大規模で、広範囲に影響を与えます。虫たちも目覚めるどころか気絶してしまうかもしれませんね。

山笑う

 真っ白な雪に覆われ無表情だった冬の山が、緑や花に彩られてどんどん笑顔になっていく。「山笑う」は春の山の様子をあらわす抜群の言い回しに感じます。
 中国、宋の時代の画家の詠んだ「春山淡冶にして笑うが如く」という漢詩が初出で、これが日本に伝わり春の季語となりました。当時の日本の俳人たちも、この詩を読んでポンと膝を打ったことでしょう。
 この詩はさらに、夏は「山滴る」、秋には「山粧う」、冬は「山眠る」と続き、それぞれ季語に用いられています。中国宋の時代は風流文化の成熟期で、絵も描けて詩もできて楽器も一流、という文人が多く輩出しました。「山笑う」も天才たちの切磋琢磨から生み出された珠玉のひとこと、と思って見直すと一層味わい深く胸に迫ってくるようです。

山笑う 筑波山の春

山笑う 筑波山の春

この時期の風習や催し

事始め

田おこし 旧暦の2月8日は事始め。一年の農作業やお祭りごとの準備を始める日とされました。
 この大切な日を邪魔しようと鬼や妖怪がやってくるため、家々ではザルをとりつけた竿を高々と立て、ニラ、とうがらしを燻して魔除けをします。妖怪たちはザルを見て「自分より目の多いバケモノがいる!」と驚いて逃げ帰ってしまうのだそう。ユーモラスな習慣ですが、実はヨーロッパやアジアなど世界中にザルを魔除けにするよく似た言い伝えがあり、不思議な一致をみせています。
 事始めに対して12月8日を事納めといいますが、12月を事始め、2月を事納めという地域も多く、呼び方にはずいぶん混乱させられます。「事」をお正月の準備と考える説と、農作業だと考えるふたつの説がどちらも伝えられてしまったのが原因のようです。
事始め、事納めのどちらの日にも食べられるのが「お事汁」で、無病息災を願ってイモや大根、小豆などたっぷりの具材を入れた栄養満点の味噌汁をいただきます。

お水取り

 関西では「お水取りが終わらないと春がやってこない」といわれるほど生活に溶け込んだ年中行事となっている、東大寺二月堂のお水取り。3月1日から14日まで行われる修二会(しゅにえ)の一環で、奈良時代より1200年以上連綿と続けられてきたとても歴史深い仏事です。人々の幸せを願って行われる修二会の法要は、期間中毎晩松明をともすことから「おたいまつ」の名でも有名です。
 3月12日の真夜中、和楽器の厳かな音色が響くなか、閼伽井屋(あかいや)という建物の中の井戸から神聖な水を汲み取り、ご本尊にお供えして特別な瓶におさめます。一年間の仏事に用いられるこの「お香水」は一般にも授与されていて、この水をいただけば病気にならない、厄払いにもなるということで毎年多くの人が殺到します。
 閼伽井屋に守られて、普段は誰も入ることも、見ることもできないお香水の井戸。若狭(福井県)の神様が東大寺のために送っているもので、地下では福井まで繋がっているとの伝説もつたわる奈良の不思議スポットでもあります。

お水取 東大寺二月堂にて

お水取 東大寺二月堂にて

春日祭

 奈良の古社・春日大社のお祭りといえば、節分の万燈籠、12月の若宮おん祭が有名ですが、それらにも劣らず重要なのが3月13日の例大祭、春日祭。
 春日大社は名族藤原氏の氏神さま。皇室とのゆかりも深く、平安時代には清少納言や紫式部の頃の天皇として名高い一条天皇の行幸を仰いだこともありました。そうした縁から、春日祭はいまでも天皇陛下の使者(勅使)をお迎えして行われる「勅祭」に位置付けられています。
 烏帽子をかぶり、笏を持ち、古式ゆかしい衣装に身を包んだ勅使や出迎える神職らの姿は、まるで王朝絵巻から抜け出してきたような荘厳さ。祭礼に先立ってみられる勅使行列には、しきたりに則って着飾った白馬も引かれるなど、平安時代にタイムスリップしたような光景をみることができます。祭事自体はおよそ半日ほどで終わるコンパクトなものですが、京都賀茂社、石清水八幡宮と並ぶ「日本三勅祭」の面目躍如たる古風を今に伝えています。

季節の食・野菜・魚

たらの芽

 山菜の代表、木の芽の代表といっても過言ではない人気を誇るたらの芽。ほどよい歯ごたえと、なんといっても噛み締めた瞬間口から鼻にぬける「これぞ山菜!」といった野趣あふれる香りが最高。てんぷら一皿程度はあっという間に胃袋におさまってしまいます。ミネラルも含み、体や胃にもよいありがたい食材。
 シーズンになると、田舎では待ちかねたように競ってたらの芽探しが始まります。朝早く、暗いうちから起き出して採りにいかないと、目ぼしい場所はたいてい誰かが収穫済み、ということに。幹のトゲで指を突いてしまうこともありますが、それでも食べたい病みつきになる美味しさがあります。
 ただ、見つけた端から全ての芽を採ってしまうと樹勢は大変弱ります。若木の芽を摘み取ると木そのものが枯死してしまうので、欲張りは厳禁。おいしい自然の恵みを来年も、再来年も楽しむためにも、いくつか芽を残しておくのがたらの芽採りの厳守マナーです。

たらの芽

さわら

 大きいものでは体長1メートルほどになるサバ科の魚で、春、産卵のために内湾にやってくることから春を代表する魚とされました。成長とともに名前をかえる出世魚で、サワラは最も大きく育ったもの。小さいものはサゴシ、サゴチなどと呼ばれます。
 ボラやブリなどもそうですが出世魚の名前は地域によって大きな差があるもので、関西ではサゴシ→ヤナギ→サワラとなりますが、関東ではサゴチ→サワラの二段階が一般的。四国のほうではゴチ、カマチ、グッテリなどとさまざまに呼ばれています。
 食用として最高なのは冬、脂ののった寒サワラとされ、身の柔らかい高級魚として珍重されます。全国的な定番は切り身を漬け込んだサワラの西京漬け。ごはんのお供にも、ぜいたくに酒のつまみにしても最高。またサワラといえば岡山県が有名で、サワラ消費量も岡山が全国ナンバーワン。ちらし寿司の具や、甘酢につけて押し寿司に、鮮度のよいものはもちろん刺身にと県民の舌を喜ばせています。

サワラ

針魚さより

 下あごだけが飛び出した独特な姿のサヨリ。スーパーなどでツーンとクチを突き出したインパクトある顔を目にすると、「ああ、もうそんな時期か」と思わされます。漢字も、見た目そのままに「細魚」「針魚」。ところがなぜあんなにも突き出したのか、その理由となるといまだによくわかっていないのだそう。魚の言葉がわかるのならぜひ本人(?)に問いただしてみたいものですね。
 旬を迎える3〜5月頃、風味の良い白身の高級魚として市場に出回ります。一般的に産卵期の魚は味が落ちるとされますが、サヨリは春から夏にかけての産卵期でも脂肪が多めで味も濃厚。刺身にしても寿司ネタにしてもよし。お吸い物の具になればお上品な味わいになるし、焼き物にすればちょっと小粋な小料理屋の趣。さっぱりした旨味は、てんぷらでも最高に美味しくいただけます。

サヨリ

関連項目

参考文献