二十四節気
寒露
陰寒の気に合つて
露結び凝らんとすれば也
残暑厳しい9月も乗り切り、ようやく肌にも涼しい風を感じる季節。ぽつりぽつりと木々の葉も赤く色づき始め、お天気がよければちょっと散歩でも、という気持ちにもなりますね。
「寒露」は露がひんやり冷たくなる頃、または露が凍って霜になる時期という意味で、旧暦と新暦の差に加え、年々暑さを増すような最近の気候とはずいぶんズレがあるようにも感じます。でも、秋の日は釣瓶落とし。日脚はすっかり短くなり夜は冷え込みを増していきます。油断して思わぬ風邪をもらわぬよう、秋らしくたっぷり食べて運動し、健康な体づくりを目指しましょう。
七十二候
鴻雁来
雁が北から渡ってくる頃。マガンやヒシクイなどガンの仲間は日本で越冬し、暖かくなった頃再び北に帰っていきます。V字を描いて飛ぶガンの群れの姿は、冬の訪れを告げどことなく寂しい思いをかきたてるもの。その年最初に飛来したガンは初雁(はつかり)。狩猟鳥の代表だったガンも個体数の減少をうけて1970年代頃から禁猟となり、現在は天然記念物として各地で保護をうけています。
菊花開
菊の花の咲き始める頃。菊はコスモスなどと同じく、日照時間が短くなると花を咲かせる「短日植物」と呼ばれる種類。この習性を利用して、夜間に花に照明を当てて日照時間を勘違いさせ、開花の時期を調整するのが「電照菊」。渥美半島のものが有名で地理の授業でもおなじみでした。最近はエコに鑑みて電灯をLEDに替えたりもしているそう。
蟋蟀在戸
キリギリスが戸口で鳴き始める頃。ただ「蟋蟀」はキリギリスともコオロギとも読める字で、昔の人は厳密に虫を分類をしなかったことからどちらを指すのかははっきりしません。ギーッチョンと騒々しく鳴くキリギリスよりも、リリリリ…と涼しげなコオロギの鳴き声の方が雰囲気にあうようにも思えますが、真相は虫と同じく秋の夜長の闇の中、といったところ。
季節のことば
運動会
残暑もようやく過ぎ去って、秋晴れの日曜日ともなれば外で体を動かしたくなるもの。明治時代の東京では、10月に入ると毎日のように大学対抗の野球戦やボートレースなどが催されたそうで、いつしか運動会は秋の季語となりました。
一年のうちでも比較的雨の日の少ないこの時期は、天候的にも屋外スポーツに好適。1964年の東京オリンピックでは「ぜひ晴れの日に開会式を」との思いから、過去の統計などを参考に晴れやすい10月を会期に選んだといわれます。結果、10月10日の開会式は狙い通り絶好の秋晴れとなり、以後この日はオリンピックを記念して「体育の日」とされました。ハッピーマンデー法施行以降は10月第二日曜日へと移りましたが、本来の意味が薄れてしまうと残念がる声も聞こえます。
春に比べて紫外線量も少ない10月、ぜひ「スポーツの秋」を堪能してみましょう。運動会にならぶ学校行事のお楽しみ「遠足」は春の季語。
釣瓶落とし
昨今あまり馴染みがありませんが、釣瓶(つるべ)とは井戸に備えられた縄などをつけた水汲み桶のこと。これを井戸のなかに落とし、引き上げて水を汲む仕組みです。
釣瓶を井戸に投げ込むとスルスルと勢いよく吸い込まれていきますが、秋の夕日もまるで釣瓶のように地平線に飲み込まれてしまいます。この、たちまちに沈む夕日の様子を「秋の日は釣瓶落とし」といったわけです。秋の夕暮れは日没の時間が早くなるのと同時に、日の入りあとのほの暗い時間帯も短くなるため「あっという間に暗くなった」と感じやすいのが特徴で、「釣瓶落とし」はそうした心象が表されたもの。
逆に日が長くなる春の夕日はのらりくらりと空に留まり、いつまでも夜にならない気配。この状態を指す言葉が「暮れなずむ」で、人気ドラマの主題歌に登場したことで有名になりました。
被綿
中国では、奇数は「割れない」ことから縁起の良い数字として大切にされ、3月3日など奇数の重なる日はおめでたい節句として祝われました。なかでも、1ケタの奇数で最大の9が重なる9月9日は、「重陽の節句」として特に盛大に。旧暦のこの頃が菊の花の盛りであることから「菊の節句」とも呼ばれました。
この日に行われた面白い風習が「菊の被綿(きせわた)」。9月8日の晩、菊の花の上にひとつまみの綿を被せます。そして翌9日の朝、ほんのり朝露に濡れたその綿で体をぬぐうと長寿がえられるというおまじない。菊の露を飲み不老長寿を得たという中国の伝説から生まれた、日本オリジナルの風習です。
よく乾かした菊の花びらを枕に詰めたのが「菊枕」で、こちらも邪気を払い寿命を延ばす縁起の良いものとして、贈り物などにされました。ほんのり菊の香りが漂い、安眠の効果もある優れものだったようです。
この時期の風習や催し
御九日
「くんち」「おくんち」は9月9日の重陽の節句を尊んで呼んだものでしたが、いつからか単にお祭りを指す言葉になりました。
九州一帯では特にくんちの祭りが盛んで、なかでも最大のものが長崎諏訪神社の例大祭、通称「長崎くんち」。江戸の初期から近く続く県下最大のお祭りでもあり、県の内外から数十万という見物客が訪れます。旧暦の重陽にあたる10月7日から9日に催され、諏訪大社前の踊り馬場で舞いや踊りが奉納されます。
長崎くんち一番の人気といえば「龍踊り(じゃおどり)」で、長いものでは20メートル近くになる龍が使い手に操られ、まるで生きているように軽やかに黄金の玉を追いかける踊りを披露します。そして、7年に一度だけ見られる貴重な奉納が「コッコデショ」。太鼓山という担ぎ物を屈強な男たちが空中高く投げ上げて、片手でがっしり受け止めます。太鼓山の総重量は1トンにもなるといい、キャッチの瞬間会場は拍手喝采の渦。400年近い伝統をもちながら、どこか異国情緒を感じさせる長崎ならではのお祭りです。
神嘗祭
毎年10月17日に行われる伊勢神宮のお祭りで、その年に収穫された稲を天照大神にお供えします。一年中毎日何かのお祭りが行われているという伊勢神宮でも最も歴史深く大切なものとされ、皇室からの使者も迎えて厳かに式が執り行われます。
一年の収穫を神様に感謝し初物を奉納することは、大昔から行われていた大切な儀式。神様にお供えするために最初に刈った稲穂を「初穂」といい、神社への謝礼金を初穂料というのもここからきています。
来年もまた、豊かな実りがありますように…心からの願いを込めてのお祭りに、神様も優しく応えてくれるでしょう。こうして秋の収穫祭を終えると、いよいよ本格的に冬支度のはじまり。丸坊主になった田畑の姿にも冬へと移ろう寂しさを感じてしまいます。
鞍馬の火祭
太秦の牛祭り、今宮やすらい祭りと並んで京都三大奇祭にも数えられる、1000年の伝統をもつ勇壮なお祭り。洛北鞍馬の由岐神社の祭礼で、平安時代、京都の御所から鞍馬に遷座する同社を松明の行列で見守ったのがはじまりといわれます。
毎年10月22日の午後6時、家々に備えられた「えじ」という篝(かがり)に火が灯されると、小さな松明をもったこどもたちが行列をスタートさせます。やがて大松明をかついだ若者も加わって「サイレイ、サイリョウ」の掛け声とともに集落を練り歩き、由岐神社の山門前に大集合します。大きなものでは100キロにもなるという松明が一堂に燃え盛る様子は壮観。松明の火に照らされるなか2基のお神輿が渡御するのが祭りのクライマックスで、この時お神輿を引く綱に触ると安産になるとの言い伝えもあります。
火祭りを終えると鞍馬もいっそう静けさを深め、紅葉も見頃を迎えるといわれます。
季節の食・野菜・魚
柳葉魚
シシャモの語源はアイヌ語で「柳の魚」という意味。柳の葉が魚になったという伝説がもとともいわれ、日本語も、漢字の当て字もそのままアイヌ語からの借用となりました。
何気なく食卓に並ぶシシャモですが、世界中でも北海道の太平洋岸にしか生息しない貴重な種。戦前は北海道の人だけが楽しむご当地メニューのような感覚でしたが、戦後になって全国的な人気となりました。特に卵を持った子持ちシシャモはプチプチした食感も楽しい美味ですが、需要に対して供給が追いつかず北海道産の「本シシャモ」は流通の数パーセントという高級品に。シシャモとして買っている魚のほとんどは、輸入品のカラフトシシャモという種類です。
産地である北海道むかわ町ではシシャモを町の魚に指定し、アイヌのシシャモ豊漁祈願の儀式を再現するなど観光資源としても活用しています。産地でしか食べられないシシャモの刺身なども魅力的ですが、資源量は激減中で、利用と保護の両立が問われています。
しめじ
ホンシメジ、ブナシメジ、ムラサキシメジ、シャカシメジなどさまざまな種類のあるシメジ。なかでも第一はホンシメジで、「香りマツタケ、味シメジ」とキノコの王様マツタケとも並び称されるほど。美味でありながら栽培ができなかったことから、滅多に口にすることのできない幻のキノコといった存在でしたが、20年ほど前に栽培方法が見つかりようやく店頭にも並ぶようになりました。
ホンシメジよりも栽培がさかんでお手頃なブナシメジでも十分に美味しく、キノコ特有の芳香と「コリコリ」といってもよいほどの食べ甲斐のある歯ごたえは絶品。簡単に醤油とバターで炒めるだけでも、三者の香りが鼻の奥をくすぐって食欲をそそられること請け合い。パスタと絡めれば、それだけで立派な一皿のできあがりです。
低カロリーながらカルシウムの摂取を助けるビタミンDなど栄養は豊富で、旨味のもとになるアミノ酸もたっぷり含まれています
柿
日本から欧米に伝わったため「スシ」や「マンガ」のように「カキ」で世界に通用するという、日本を代表する果樹。原産は中国ですが、学名にもkakiの名前が入っています。
熟した実を食用にするほか、木は建材や工芸品に使われ、なかでも黒い筋の入った黒柿は銘木中の銘木といわれる高級木材。葉は寿司の包みやお茶になり、食べるのには邪魔な柿渋も防腐、防水の塗料に、と広く利用されています。
渋柿を甘くするには干し柿が一番スタンダードな方法。皮をむいた柿を連ねて天日干しにすると、白い粉をふきながら濃密な甘い実へと大変身します。干すことで渋味成分タンニンがゆっくりと抜けていくためで、他にもぬるま湯につける、酒樽に密閉する、炭酸ガスにさらすなどの渋抜き方法が知られています。
ビタミンAとCが豊富で、干し柿にするとビタミンAの含有量は2倍に。またタンニンにはアルコール排出効果とアセトアルデヒドを無害化する効果があり、お酒を飲む前に干し柿を食べると二日酔いにならないとも言われます。
- 新版 美麗写真でつづる 日本の七十二候 晋遊舎
- 二十四節気と七十二候の季節手帖 山下 景子著 成美堂出版