爽やかな初夏と、うだるような盛夏の間に訪れる、梅雨の季節。
ジメジメ、シトシトといったあまり嬉しくないイメージがありますが、近年猛暑日つづきの夏を前にした、一時の「清涼剤」とも言えるのかもしれません。
ついつい籠もりがちになる梅雨時ですが、せっかくならば、少し気持ちを切り替えて、この時期にしか見られない風景と出会いにいってみませんか?
梅雨の基礎知識
そもそも「梅雨」とは?
気象庁の公式サイトによれば、梅雨とは「春から夏に移行する過程で、その前後の時期と比べて雨が多くなり、日照が少なくなる季節現象」と説明されています。
暦の上では、二十四節気のひとつ・芒種の直後の壬(みずのえ)の日を梅雨入りの日、おなじく二十四節気の小暑の直後の壬の日を梅雨の明けとしていましたが、諸説あって厳密には定められていなかったようです。
おおよそ、6月の初頭から夏至をはさんで7月初頭の間の、約1ヶ月間が梅雨の季節とされていました。
ひと月にわたってまとまった雨を提供してくれる梅雨は、一年の豊作不作を左右する大切な季節。梅雨がいつから始まるかということは、農民にとっては必要不可欠な情報でした。
どうして梅の雨と書く?
梅の雨と書いて「つゆ」。当たり前に読んでいますが、考えてみれば不思議な当て字です。
梅の雨と書くことについては、毎年梅の実が熟す季節に降る雨だからという説、ジメジメと降り続いて「黴(かび)」を生やす厄介な雨という意味の「黴雨(ばいう)」が同じ読みの「梅雨」になったという説などがあります。
「つゆ」の読み方についても、雨が降って「露」ばかりになる季節だから、梅の実が熟して潰れる時期に降る雨なので、「潰れる」の古語「潰ゆ(つゆ)」からそう呼ばれるようになった…など諸説紛々。
現在では気象庁でも、「梅雨入り」など和語の場合は「つゆ」、「梅雨前線」のように漢語的に用いられるときには「ばいう」と読み方を分けて使われています。
春3月から4月頃、菜の花がきれいに咲く季節に降る雨、いわゆる春雨を「菜種梅雨(なたねづゆ)」と呼ぶように、他の季節の長雨も「○○梅雨」といわれることがありますが、梅の実の時期の雨という本来の意味からすると少々ややこしい用法になっていますね。
梅雨入りはどうやって決めている?
気象庁では毎年梅雨入りと梅雨明けの発表を行っていますが、報道では「梅雨に入ったとみられる」というようなやや曖昧な表現が使われています。
これは、梅雨の入り、明けはいつからいつまでとはっきり決められるものではなく、前後に5日ほどの「移り変わり」の期間があるからと説明されています。
一週間ばかり暑い日が続いているな、と思っていたら、事後報告のように「梅雨が明けたとみられる」というニュースを目にした、そんな覚えがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
日本でもっとも早く梅雨がやってくる沖縄では、早い年では4月の末にも梅雨入りが宣言されることがあります。関東甲信地方では、平均的に6月の上旬〜7月の上旬が梅雨の時期となりますが、年によって半月ばかり前後するほどの変動幅があります。
梅雨と季語
五月雨(さみだれ)=梅雨
「五月雨を集めてはやし最上川」
しっとりとした雨の情景を詠むのにはピッタリに思える「梅雨」ですが、意外なことに明治時代以前の俳句には「梅雨」という言葉はほとんど見ることができません。
では江戸時代にはどう詠まれていたかというと、『奥の細道』にある松尾芭蕉の有名な一句、
「五月雨を集めてはやし最上川」
にあるように、「五月雨」が梅雨を表す言葉として使われていました。
おなじく『奥の細道』の句、
「五月雨の降りのこしてや光堂」
は、じめじめとあらゆるものを朽ちさせてしまう梅雨さえも、まるで降るのをはばかったかのように燦然と輝きを保っていた光堂(中尊寺金色堂)を詠んだ一句。
五月雨という言葉が、雨と光堂の様子をより美しく引き立てているようにも感じられます。
今でもよく使われる「五月雨式」というのも、梅雨の雨のように区切りなくダラダラと続くことをさす表現ですが、もしもこれが「梅雨式」だったら…。
「梅雨式に続く仕事」などといったら、ますますゲンナリするように思えてしまうのは気のせいでしょうか。
たくさんある「梅雨」のつく季語
空梅雨、梅雨寒、走り梅雨、送り梅雨etc
明治以後になって俳句にも使われるようになった「梅雨」ですが、それ以前にも「梅の雨」といった表現では詠まれることもあったようです。
「梅雨」を含んだ言葉は数多くあり、季語にも多く採られています。
本格的に梅雨が始まる前、露払いのように降る雨は「走り梅雨」。
初夏にぐんぐん芽を出した新緑を洗うように雨が降る様子は「青梅雨」と呼ばれました。
梅雨が始まり、一気に冷え込んでしまった陽気は「梅雨寒(つゆさむ)」。
湿った空気を喜んでニョキニョキと姿をあらわす「梅雨茸(つゆたけ・つゆきのこ)」は、残念ながらあまり食用には向きません。
ひとときの梅雨の晴れ間「梅雨晴れ」に優雅な舞い姿を披露する「梅雨の蝶」は、一瞬の青空とともに心を爽やかに癒してくれます。
夜になれば、曇りがかった空にやわらかな光を放つ「梅雨の月」も味なもの。
梅雨時の夜空でもっとも明るく輝く牛飼座の一等星アルクトゥルスは、日本では「梅雨星」「五月雨星」として親しまれていました。
梅雨時に花を撮る
外出も億劫になる梅雨時ですが、雨に濡れながら美しい花を咲かせる植物もたくさんあります。春とも、夏ともまた趣の違った味わいを持つこの季節の花々。一歩足を踏み出せば、1ヶ月限定のステキな景色に出会えることでしょう。
梅雨の花 アジサイ
カタツムリとともに、梅雨の代名詞といっても過言ではないアジサイの花。「アジ」は集まる(あづ)の意味で、「サイ」は色をあらわす「真藍(さあい)」が詰まったもの。青い花びらがたくさん集まった花姿をとらえています。
「紫陽花」は漢語からの借用ですが、こちらも紫色のあざやかな花の景色が見事に表現されていますね。
アジサイの花は、土地によって七色に変化するといわれるほど色味が多様で、紫色を中心に酸性土壌ならば青味が強く、アルカリ性土壌では赤く発色するといわれます。
また、八重咲きの変種や、ガクアジサイ、コーンのように花をつけるカシワバアジサイなど種類も多く見る人を飽きさせません。
東西のアジサイ名所
アジサイは手をかけなくてもキレイな花を咲かせてくれることから、庭木として、特にお寺の境内を飾る草花としてよく利用されました。そのため日本各地にアジサイの名所、アジサイ寺が多くあるのですが、そのなかから東西1ヶ所ずつ、特に美しい名所をご紹介いたします。
【東】鎌倉のアジサイ寺
アジサイ寺というと真っ先に鎌倉を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。鎌倉のどのお寺がアジサイ寺、というのではなく、寺町全体にアジサイが咲き誇り、いわばアジサイ街のようになって旅行者をお出迎えしてくれるのが梅雨時の鎌倉の魅力です。
特に名高い場所を挙げると、北鎌倉の名刹・円覚寺をスタートして東慶寺へ、そして2000株とも3000株ともいわれるアジサイが咲き乱れる明月院へというコースがひとつ。ピークには人とアジサイどちらが多いかというほどの混雑になってしまうので、早朝を狙うのも手です。
明月院とならんで、鎌倉随一のアジサイ寺の呼び声も高いのが、江ノ島電鉄長谷駅を降りてすぐの長谷寺。本堂左手奥の小高い傾斜地には、40種類のアジサイが総計2500株という大群生をなして絶景を演出します。見晴らしのよい傾斜には「あじさいの径」も整備されていますが、最盛期には「あじさい整理券」を発行しないとならないほどの大混雑となるので、こちらも早めの計画が必須。
【西】京都三室戸寺
西国霊場札所の1ヶ寺であり、800年からの歴史をもつ宇治の古刹三室戸寺。立派な本堂も十分に見応えがあるのですが、お寺の名を全国に知らしめているのが、ツツジ、アジサイ、ハスといった境内の花々です。
特にアジサイは西日本有数といわれる規模で、10000株、50種もの色とりどりのアジサイが境内に広がります。
期間限定ですがアジサイ園の夜間ライトアップも実施されており、夜桜ならぬ夜アジサイという幻想的な景色をみることができるもの嬉しいところ。
そして、数々のアジサイのなかでもぜひ見ておきたいのが「シチダンカ」という種類です。このアジサイは、江戸時代にシーボルトによって観察されスケッチまで残されていたのですが、130年もの間その絵に合致する種類が確認できず「幻の花」と呼ばれていました。まるで星の光のように放射状に花をつける姿は、シーボルトが筆を走らせたのも納得、と思わせる可憐さです。
イリス(アヤメ属)について
イリス(西洋アヤメ)は人間が栽培した最も古い花のひとつとされますが、長い間重要だったのは球根で、花は摘み取られてしまう運命でした。花を摘んだあとの球根を乾燥させて、そこから香水の原料を抽出する商品作物だったのです。
日本のアヤメ科の花には、アヤメ、カキツバタ、ハナショウブなどがあり、どれもいかにも「和風」といった可憐な花をつけます。
よく似た3種ですが、水の中から伸びているのがカキツバタ、陸に咲くのがアヤメ、水辺に咲くのがハナショウブ、というのが一番簡単な見分け方です。カキツバタとハナショウブの判別は難しいですが、背が高く、花姿も豪華なものがハナショウブ、と見ておけばおおよそ間違いはなさそうです。
アヤメ科の名所
【東】水郷佐原植物園
アヤメ科の花を楽しめる名所、東の横綱は千葉県の水郷佐原植物園。
江戸時代から水郷地帯として栄えた佐原の景観を保存するために作られた植物園で、毎年あやめ祭りのシーズンには、400種類、150万本というケタ違いのハナショウブが咲き誇ります。これだけの品種、株数をそろえた施設は世界にもほとんどなく、堂々の東洋一との声も聞かれます。
さっぱ舟という昔ながらの小舟に乗って園内の水路を巡りながら、水辺の花々を眺めることができるのもこの園ならではのサービス。
平和な江戸時代には日本中で園芸ブームが巻き起こり、ハナショウブも、江戸、肥後、伊勢など各地で多くの品種が作り出されました。花の歴史に思いを馳せながら、小舟にゆられて一瞬お江戸にタイムスリップ。そんな楽しみ方もできるかもしれません。
【西】播州山崎花菖蒲園
兵庫県宍粟市の播州山崎花菖蒲園は、ゆるやかな高低差のある自然地形を利用して整備された回遊式の花菖蒲園で、100万本というハナショウブの株数もさることながら、驚くのは1000種類というその品種の多さです。
ハナショウブはノハナショウブという原種をもとに作られた園芸品種で、各地で競うように品種改良が行われたため、作られた地域によって特徴的な差があらわれるようになりました。
江戸で作られた江戸系は群生したときに見栄えのよくなるシャープな花姿なのに対して、肥後系や伊勢系はひとつひとつの花が大きく、一株でも風格があります。そしておおもとになった野生種のノハナショウブは、園芸品種ほどの大きな花びらはつきませんが、キリリと引き締まった文字通りワイルドな立ち姿で目を引きます。
園内を回遊しながら、品種の違いをゆっくりと味わって歩くのも楽しみのうち。
高低差は自然のものなので、鑑賞はウォーキングをするつもりで、足元の準備をしっかりとしたほうがよさそうです。
梅雨時に美しいその他の花
代表的な梅雨時の花としてアジサイとアヤメ科を紹介しましたが、その他にも雨に映えるこの時期の花はたくさんあります。
庭のワンポイントとしても人気のアガパンサスは、南アフリカ原産のユリ科の多年草。すっと伸びた茎の先に、青紫色のラッパ状の花をたくさんつけた姿は、涼しい打ち上げ花火のよう。和名が「君子蘭」とされたのも納得の佇まい。
同じく青紫の花の美しいデルフィニウムは、洋風の庭園などによく似合います。本来は多年草ですが、日本の夏の暑さには勝てずに一年で枯れてしまうことが多いよう。フジの花を逆さにしたような房状の花がつき、大きくなると1メートル以上にまで育ち涼しさを演出してくれます。
和風のしつらえに似合うこの季節の花は、なんといってもシャクヤクです。「立てばシャクヤク…」と女性の美しさのたとえにも用いられ、大人の握りこぶしよりも大きいほどの立派な花を咲かせた様子はまさに「気品」の一言。黄金色の雄しべが引き立つ金蕊咲きや、八重咲きなど花模様も多様で、赤、白、黄、紫など色味もさまざま。時期的に母の日の贈り物としても人気のようです。
シャクヤクにくらべてやや庶民的な、健康的な美しさをみせてくれる和の花がタチアオイ。大人の背を優に超える高さまで伸びた茎に、びっしりと赤やピンクの花を咲かせます。日本には薬草として中国から渡ってきたもので、古くは「唐葵」と呼ばれていました。生命力の強い植物で、人が世話をしなくても、田畑のあぜ道などで勢いよく育つ姿をみることもできます。